耐震から考える組積造の可能性

[030 | 201904 | 特集:組積造の可能性 ── 組積造の思想と技術は現代に生かせるか?]

花里利一
建築討論

--

歴史的組積造建造物における耐震性と構造補強

近代に至るまで、建造物はその時代の知識や経験に基づいて建てられてきた。ジオルジョ・クローチ★1によれば、BC8000年頃のエリコ遺跡の城壁が、発見された建造物のなかでは、最も古く、石灰岩ブロックと土モルタル目地の建造物である。同遺跡では、BC3000頃の日干し煉瓦を用いた建造物が発見されている。この時代の巨大建造物は、ピラミッドで、現存しているケフラーやギザのピラミッドは高さ140mである。石材が圧縮に強いという利点を活かした巨大なモニュメントである。

ところで、地中海沿岸は地震地域であり、ピラミッドも長い歴史において地震を受けており、ブロックの横ずれがみられるものの、大きな被害の記録はない。ピラミッドは内部の空間が極めて小さい建造物であり、耐震的には安定しているといえるが、『建築』は、空間の創造である。人々が集うあるいは住まう空間を有する建造物としては、エジプト文明の神殿建築が紀元前15世紀には建設されている(ルクソール神殿など)。砂岩ブロックの空積の建造物であり、空間をつくるために屋根には石材が使われている。

ギリシャの神殿建築も石灰岩もしくは大理石ブロックを積み上げた組積柱を有する建造物であり、その代表が紀元前5世紀に建てられたアテネ・アクロポリス丘に建つパルテノン神殿である(写真1)。このパルテノン神殿の組積柱は単に積み上げただけではなく、木のダボを用いて接合されている(図1)。また、梁材には、すでにヒッタイト時代に発明された鉄のカスガイが接合具として使用されている。すなわち、木材や鉄材を接合具として用いた組積造である。この接合具は、地震時にその効果を発揮することは明らかであろう。

写真1 パルテノン神殿
図1 大理石ドラム間とダボの構造

筆者は、東京都立大学に在職していた時代(1980年代後半)、渡部丹先生のもとで、『地震国ギリシャのパルテノン神殿の耐震研究』に携わっていて、パルテノン神殿は耐震的にみれば柔構造の特徴をもち、『固める補強工法』は必ずしも適切ではないことを論述した★2。この成果は、その後のパルテノン神殿の修復事業の参考になったようである。

余談であるが、以前、パルテノン神殿と法隆寺五重塔の耐震性の共通性という拙稿を学会誌等に発表している★3。法隆寺五重塔は柔構造として知られており、地震に耐えてきている。法隆寺五重塔も、太い部材をダボで積み上げた構造であり、傾斜復元力が主たる耐震要素である。多くの接合をもち、鉄材も接合具として用いられている。構造的な共通性とともに、エンタシスと呼ばれる建築様式も共通している。法隆寺等の日本の古代木造建築が、遠くギリシャ文明の組積造建築技術の影響を受けているといえよう。

さて、筆者は、2005年に三重大学に着任後にパルテノン神殿の耐震研究を再開し、アテネ工科大学およびアクロポリス修復事務所との国際共同研究を進めてきている。研究プロジェクトでは、常時微動測定を行うとともに、地震観測を続けている★4。

パルテノン神殿は、3世紀および17世紀の大規模な戦火を経て、完全な姿ではなく、渡部丹先生によれば、『不完全な建築』である。この論考の主旨とは合わないが、歴史的かつ不完全な建築の保存・修復は文化財建造物の保存修復学にとっても課題であろう。このパルテノン神殿は、神殿建築からキリスト教会堂さらにモスクに宗教(用途)が変わり、建物も改変され、19世紀にギリシャが独立した後は、国が所有する建造物として現在に至っている。このような用途の変遷とともに、災害と修復の長い歴史をもつことも忘れてはならない。修復の歴史があってこそ、建造物として現存しているのである。

20世紀初頭には、土木技術者の指揮により、鉄材や鉄筋コンクリートを用いた補強も行われている。1975年から始まった現代の修復事業では、土木技術者による20世紀初頭の修理事業で歴史・文化的な配慮がなされない再建(崩壊前の位置を考慮せずに、組み立て)がなされていたので、元に戻す工事を行うととともに、古代木製のダボや鉄の接合具をチタン合金に取り換えるなどの修復工事が進められている。本論考は『地震』がキーワードである。耐震補強を目的とした『修理』は行われていないが、これらの修復工事は耐震性の向上に寄与すると考えられる。

地震地域に建つ歴史的組積造建造物として、もうひとつ紹介したい組積造建造物がトルコ・イスタンブールのハギア・ソフィア大聖堂である(写真2)。筆者は1998年から3年間、日高健一郎筑波大学教授(当時)を代表とする学術調査研究チームに加わり、構造調査の機会を得ている4)。6世紀に建造されたビザンチン教会堂は、正方形平面の上に半径31.5mの円形ドームを乗せた組積造ドーム建築として2名の数学者が設計に携わっている。この構造様式の成功経験は、その後の『つどいの空間』ドーム建築に多大な影響を与えたことはよく知られている。

写真2 ハギアソフィア大聖堂

イスタンブール周辺地域は地震地域にあり、たびたび大地震に見舞われている。建造直後の6世紀半ば、10世紀末、14世紀半ばには、組積造ドームが崩壊して、そのたびに再建してきている(図2)。ハギア・ソフィア大聖堂は、地震の経験を経ながら構造補強の歴史をもつ。ビザンチン時代には、鉄材による補強、オスマン時代には石造バットレスの建造やアーチやドーム基部に生じる水平スラスト対策の鉄製タイバーの挿入、20世紀初めにも鉄製タイバーによるドームベースの補強が行われている。14世紀半ばのドーム崩壊以降、たびたびの地震でドーム崩壊などの大被害が記録されていないのは、この構造補強の歴史も理由に挙げられよう。

図2 ハギアソフィア大聖堂 地震によるドーム崩壊と再建とイスタンブール周辺の地震活動

先日、イタリアから組積造建造物の耐震構造の専門家が来日して、日本の歴史的組積造建造物の修理事業を視察したが、イタリアの歴史的組積造建造物は、重層的で長い歴史をもつという特徴があり、しかも、その数は膨大である。日本の長くても150年ほどの歴史しかなく、数限られている文化財組積造建築物とは、構造修復に対する考え方が違うという。日本は木造建築の長い歴史をもち、解体修理が容易であり、大規模な構造補強も比較的やりやすい。文化財建造物の構造補強の国際的な原則★5は、歴史・文化的な価値を損なうことなく、最小限の補強であること、である。また、(とくに木造建造物では)可逆性も重要視される。もちろん、(とくに日本では)文化財といえども人命の安全が優先され、文化財建造物であっても、基本的には新築と同様に建築基準法で与えられる地震荷重レベルに対する安全性が要求される。

現代の組積造「コンクリートブロック造」

組積造建築もさまざな材料・構造様式がある。現在、住宅の建築に世界的に最も普及している材料は、セメントと砂と水を混ぜて作成するコンクリートブロックである。日本でも、北海道や沖縄などで現在も住宅の構造材として使用されている。山間部やへき地では、工場で製造されたレンガの運搬に時間とコストがかかるのに対し、セメントさえ運搬すれば、近場の砂と水でブロックができる。しかも、コストが安い。地震国ではコンクリートブロック造に補強は必須である。目地にもセメントが使用される。通常、鉄筋を用いた補強がなされる。

日本でも補強コンクリートブロック造の補強に関する仕様規定が建築基準法に定められている。2011年東日本大震災では、津波で転倒した補強ブロック造はあったが、地震動による倒壊の記録はない。基本的に壁式構造であり、鉄筋補強が十分であれば、耐震的には強い構造物といえよう。補強ブロックも軽量化のために孔を設けているものも制作されている。この補強コンクリートブロック造は低層の建築の構造形式として用いられている。木造建築では、CLTを用いた中層・高層建物(壁式構造)の耐震性に関する研究も進んでおり、E-defenseで実大模型建物を用いた振動台実験が行われている。社会的なニーズがあれば、補強コンクリート・ブロック構造は壁式構造として中高層化に向けての研究も進むであろう。

耐震から考える組積造の可能性

本論考のタイトルは、『可能性』である。『可能性』を論じるために、ここで、組積造の構造的な特徴をみてみよう。レンガや石材やコンクリート・ブロックをモルタル目地で接合する構造である。コンクリート構造が材料的に均質であるのに対し、膨大なユニットをモルタル目地でつないでいる。ユニット強度性能、目地の強度性能、そして組積体としての強度性能が関わる複雑な構造材料である。また、古代においては、寸法の大きな石材の空積による建造物も建設されている。組積造は、一般に材料力学的にみて、圧縮力に強いが、引張力には弱い特徴をもつ。ユニット間の付着・摩擦性能も問題になる。したがって、『ばらばら』にならないような工夫が大切である。

後述するように、組積造建造物は他の構造種別と異なる点として、壁の面外挙動を耐震安全性上考慮しなければならない。筆者らは、近年、実大スケールの模型構造物を用いた振動台実験を行ってきた。途上国組積造住宅の地震災害軽減を目的として実施した振動台実験例を写真3、4に示す。こられの実験を通じて、無補強であっても、意外に動的な変形性能があることがわかってきている。無筋コンクリートであれば、ひび割れが一気に大きくなり倒壊することが予想されるが、組積造では、ひび割れが分散して発生し、崩壊に至るままで一定の変形性能を有する傾向がみられる。

写真3 パキスタン産レンガを用いた実大模型構造物の振動台実験(試験体)
写真4 パキスタン産レンガを用いた実大模型構造物の振動台実験(倒壊後)

筆者らの振動台実験では、安全限界の変形角として、面内・面外ともに1/60–1/70radであった(レンガ構造物)★6。さらに、世界遺産・国宝富岡製糸場西置繭場の修理事業に際して行われた実大模型構造物の振動台実験(写真5参照)では、無補強であっても木骨レンガ造壁は面外方向に約1/16radまで崩壊に至らなかった★7。確かに、海外で行われている無補強組積造壁の静的せん断実験に基づけば、面内変形の安全限界は約1/150radは見込めると判断される。この安全限界変形角は、破壊モード(曲げ、せん断)にも留意が必要であるが、既存鉄筋コンクリート造建築物の耐震診断基準(日本建築防災協会)で示されている安全限界変形角1/250radより大きい。曲げ破壊しても、応答中に踏み外さなければよいという考え方もある。破壊モードを考慮した上で、この変形性能を考慮した構造設計を行えば、構造補強も少なくて済み、設計の自由度も大きくなるであろう。すなわち、強度に着目した構造設計法から変形(じん性)を考慮した設計体系になれば、組積造の可能性はさらに拡大するであろう。組積造の場合、面外挙動が耐震問題で重視されることは、過去の地震被害を振り返っても当然である。前述のように、無補強であっても、面外にも一定の変形性能をもつことが実大模型構造物の振動台実験で確認されている。面外応答に対する安全性も従来は応力チェックで評価してきているが、変形性能を考慮した評価法の研究が待たれる。

写真5 富岡製糸場木骨レンガ壁実大模型振動台実験試験体

もうひとつ、一般に組積造建造物は比較的剛な構造であり、短周期構造物に分類される。とすれば、地盤と建物の動的相互作用が地震応答に及ぼす効果は小さくない。とくに、逸散減衰効果が見込めることを指摘しておきたい。筆者の恩師のひとり、田治見宏先生は、『動的相互作用は自然の免震』であると述べていた。この自然の免震効果『動的相互作用効果』を考慮すれば、応答量は低減し、構造設計上、有利になる。実際、レンガ造建物の常時微動測定では、動的相互作用で説明できる減衰性も確認されている。以上をふまえると、構造設計では、変形性能とともに地盤-構造物の相互作用を考慮すれば、さらに組積造建築の可能性が拡がるであろう。

本論考の主旨とは、少しずれるかもしれないが、構造解析と実現象の関係について私見を述べる。実大模型組積造構造物の破壊に至るまでの耐震実験を数々経験してきているが、有限要素法や個別要素法などの現代的な解析方法を振動台実験に適用すると、常に、解析では壊れると計算されるが、実験では壊れない、のである。振動上上の模型構造物には耐震的に寄与する非構造材はほとんどない。この乖離の理由はまだ明らかではないが、耐震設計・診断行為からみれば、安全側の評価となるので問題はないと思われるが、現在の解析技術では、安全限界時の挙動を精度よく再現することは困難である。組積造建造物の耐震解析研究の余地は大きく、今後、さらに信頼性の高い耐震解析法が研究開発されれば、それに応じて、現行の建築基準法では小規模な建造物しか建てられないレンガ造・石造等の組積造建造物の可能性も広がると期待される。

参考文献

★1 Giorgio Croci : The Conservation and Structural Restoration of Architectural Heritage, Computational Mechanics Publications, Southampton, UK and Boston USA, ISBN 1 85312 4826, 1998

★2 Makoto Watabe, Hitosi Aoki and Toshikazu Hanazato : Earthquake Resistant Capacity of Parthenon Athens, Proc. of IABSE Symposium Rome, pp345–352, 1993

★3 花里利一:特集 古建築に学ぶ耐震構法,Argus-eye(日本建築士事務所協会連合会誌), №517, 11, pp3–13,2006

★4 日高健一郎,佐藤達生編:ハギア・ソフィア大聖堂学術調査報告書,中央公論美術出版,2003

★5 International Scientific Committee for Analysis and Restoration of Architectural Heritage, https://iscarsah.fies.wordpress.com/2014/11/iscarsah-guidelines.pdf, 2014

★6 T. Hanazato,H. Seno, Y.Niistu, H. Imai, T. Narafu, T. Mikoshiba, C. Minowa: Dynamic Deformability Evaluated by means of Shaking table Tests of Full-Scale Modes of Masonry Houses, Proc. Of Brick and Block Masonry, pp 2417–2424, 2016

★7 Toshikazu Hanazato, Yoshiaki Tominaga, Tadashi Mikoshiba, Yasushi Niitsu : Shaking Table Tests of Full Scale Model of Timber Framed Brick Masonry Walls for Structural Restoration of Tomioka Silk Mill, Registered as a Tentative World Cultural Heritage in Japan, Historical Earthquake-Resistant Timber Frames in the Mediterranean Area, Springer International Publishing, 2015

謝辞

ハギア・ソフィア大聖堂の学術調査は、日高健一郎筑波大学名教授の下で、建築史、保存、材料、構造の専門家が参加した学際的な体制で実施したものである。途上国組積造住宅の実大模型構造物の振動台実験の多くは、平成19–21年度科学技術振興調整費アジア科学技術協力の戦略的推進『地震防災に関するネットワーク型共同研究』(代表 楢府龍男氏)およびその後の一連の実験研究において、箕輪親宏氏、今井弘氏らと共同で実施した。富岡製糸場西置繭所の実大模型構造物の振動台実験は、文化財建造物保存技術協会の下で、富永善啓氏らの協力を得て実施した。

--

--

花里利一
建築討論

はなざと・としかず/三重大学大学院工学研究科建築学専攻教授/地震工学・保存修復工学/共著『2016年熊本地震調査報告』、『限界耐力計算による伝統的木造建築物構造計算指針・同解説』、『ハギア・ソフィア大聖堂学術調査報告書』、『入門・建物と地盤の動的相互作用』